NTT Researchが世界初の「プログラマブル非線形フォトニクス」の実証に成功 ~「1デバイス1機能」の常識を打破~
発表のポイント NTTの子会社である NTT Research, Inc.は、同社の Physics and Informatics(PHI)Lab がコーネル大学およびスタンフォード大学と共同で、単一チップ上で複数の非線形光学機能を切り替え可能な「プログラマブル非線形導波路」を開発したことを発表しました。本成果は、従来の「1デバイス1機能」という非線形フォトニクスの常識を覆し、光源、光・量子コンピューティング、通信などの幅広い分野での応用拡大に道を拓くものです。本研究は、NTT Researchの柳本凌達(Ryotatsu Yanagimoto)研究員が中心となり、コーネル大学のPeter L. McMahon教授の指導の下で実施されました。本成果の論文は2025年10月8日に学術誌「Nature」オンライン版で公開され、同雑誌面で2025年11月13日に掲載予定です。 背景 非線形光学では、光と光の間の非線形相互作用を利用し、通常の線型光学では不可能な多様な機能を実現します。1961年の誕生以来、光源、超短パルスレーザー、周波数計測など、フォトニクスの基幹技術を支えてきました。さらには、非線形光学は量子光の生成・操作を可能にし、量子力学の基盤形成に寄与するとともに、将来の量子技術(光量子コンピュータ・量子ネットワークなど)の中核技術としても期待されています。 こうした非線形光学機能は物質に元来備わっているものではなく、ナノファブリケーションによって複雑なデバイス構造を作り込むことで実現されます。しかしながらこれらの工程の必要性から、デバイスの機能は製造時に固定され、製造後に変更や追加をすることができません。このような制約によって、一つのデバイスの実装できる機能は原則としてーつに限定され、また製造誤差や環境ノイズなどの影響から歩留まりが低下します。結果として、非線形光学技術の適用範囲はこれまで、柔軟性と歩留まりの低さを許容できる用途に限定されてきました。 技術のポイント 本研究のコアとなる技術は、平面型導波路中に自在に非線形性の分布を設定・変更できる技術です。これにより実現されたプログラマブル非線形導波路では、一つのデバイス上で複数の非線形光学機能を高速切替・実行することが可能となりました。 図1(a)に示されているように、プログラマブル非線形フォトニック導波路は垂直方向に光をガイドする面型導波路を中心としており、ここにポンプ光が入射します。これとは別に、デバイスの上部からは任意のパターンのプログラミング照明が投影され、これに応じてプログラミング照明と同一のパターンの非線形性がコア内に誘起されます。結果として、任意の非線形性分布を設定・更新でき、擬似位相整合を介してポンプ光によって励起される非線形光学機能を自在に設計できるようになります。 デバイスの詳細構造は図1(b)に示されています。コアとなる導波路は導電性シリコン基板上に窒化ケイ素で形成され、その上に光導電体の層と透明電極が積層されています。この構造全体にバイアス電圧を印加しプログラミング照明を照射することで、照明の強い領域のみ光導電体が導電化し、電場がコアに到達します。これにより二次の非線形性が誘起され、照明パターンと同パターンの非線形性分布が実現されます。 実験の概要 プログラマブル非線形導波路では、デバイス上に投影するプログラミング照明のパターン毎に一つの機能が実現されます。本研究では、スペクトル・実空間・その両方の3つの領域で様々な非線形光学機能を自在にコントロールできることを実証しました。これにより、従来であれば数百個以上のデバイスを作成し、それらを切り替えることでしか実装できないような複雑な機能を、単一のデバイスで実装することに成功しています。以下に主な実験結果を要約します。 図2は出力光のスペクトルを自在に整形する機能実証を示しています。ここでは、パルスレーザをポンプ光として用い、第二次高調波発生の出力スペクトルが目標形状に近づくように、リアルタイムでプログラミング照明のパターンを更新しています。結果として複雑なパターンが自動的に探索され、目標の出力スペクトルを達成することに成功しています。このようなリアルタイムの計測結果に基づいたデバイス機能の最適化は、無数の機能を実装および高速で切り替えることのできるプログラマブル非線形導波路ならではの機能であり、一つのデバイスの作成に数週間単位の時間を要する従来の方式では不可能なものです。 図3では時間連続的に出力スペクトルの形状を整形・変更する機能を示しています。ここでは、プログラミング照明をリアルタイムで更新することで、出力スペクトルを用いて「NTT」および「CORNELL」の文字を表示し、デバイスの持つ柔軟性を実証しています。同等の機能を従来のデバイスで実現するためには、数百個単位のデバイスを個別に作成し、それらを高速に切り替える、といった非現実的に高コストかつ複雑な実装が必要です。 図4ではスペクトルと実空間で光の形状を同時に制御する機能を示しています。ここでは出力光の経路が波長に応じて異なる位置に誘導されるような機能を実現しています。このような機能は光波長多重通信や量子もつれの作成などで重要になります。 本研究で実証された技術の応用は平面型の導波路に限定されません。様々なナノフォトニック構造に応用が可能で、既存のデバイスにプログラマブルな非線形光学機能を埋め込むことも可能です。このような応用の実例として、図5に示されているように一次元のプログラマブル非線形フォトニック導波路の実証が行われました。これにより横方向の光の閉じ込めが強化され、平面型の導波路比で40倍の変換効率向上が実現されました。 今後の展望 本研究で確立された技術は、従来の非線形光学の欠いていた「柔軟性」を実現し、その応用可能性を大きく広げると期待されます。特に以下の4つの応用については、従来の非線形光学デバイスでは実現が難しかった機能を実現できると予想されています。(1) 任意パルス整形器、(2)量子周波数変換器、(3)広範囲で波長可変な光源、(4)量子もつれをプログラム可能な量子光源。さらに、より大きな電界誘起形の非線形性を示す材料の探索を進めることで、応用範囲は一層広がると見込まれます。 論文情報 雑誌名:Natureタイトル:Programmable on-chip nonlinear photonics著者:Ryotatsu Yanagimoto, Benjamin A. Ash, Mandar M. Sohoni, Martin M. Stein, Yiqi Zhao, Federico Presutti, Marc Jankowski, Logan G. Wright, Tatsuhiro Onodera, […]
NTT Researchが世界初の「プログラマブル非線形フォトニクス」の実証に成功 ~「1デバイス1機能」の常識を打破~ Read More »
